eDiscovery(電子情報証拠開示制度)は米国の民事訴訟手続きの一つである。独占禁止法や製造物責任法に関わる訴訟、特許侵害訴訟など多くの場面で要求されることが多く、グローバルビジネスを展開する日本企業にとっては決して無視できない制度だ。企業訴訟といえば、賠償金額や規模などが大きく取り沙汰される印象があるが、eDiscoveryにおいては訴訟自体に費やしたコストや労力、時間も莫大となる傾向があり、ここにも注目すべきだろう。

スマートフォン(スマホ)のデザインを巡る、米国Apple社(以下、アップル)と韓国Samsung社(以下、サムスン)の訴訟合戦は有名だが、カリフォルニア州の米連邦地裁にて、ようやく和解が成立した。解決までに要した年月は、実に7年である。
https://jp.reuters.com/article/apple-samsung-elec-idJPKBN1JN37Z

そこで本記事では、米国の訴訟で必須となるeDiscovery(電子情報証拠開示制度)の課題や解決するソリューションを、アップルとサムスン間で実際に起きた訴訟事例の中から考察したい。

サムスンがアップルに支払った賠償金額は幾らだったのか? なぜ7年もの歳月を要したのか? サムスンとアップルの訴訟から何を教訓にすれば良いのか? といった観点からみていくと、より理解が深まるのではないだろうか。

アップルとサムスンの訴訟のまとめ


発端は20114月。アップルより「サムスンのGALAXYシリーズがアップルのiPhoneとiPadのデザイン特許(意匠権)を侵害している」という申し立てがあり、訴訟がスタートする。

20128月。サムスンに105100万ドル(約1156*)の支払いを命じる判決が下され、201512月、サムスン電子は54800万ドル(約603億)を支払い一度は決着したかに見えた。
*文中の米ドルは1ドル=110円換算で表記。

しかしその後サムスン側から「そのうち39900万ドル(約439億)については不当」という訴えが起こされ、再訴訟となった。

そして今回20185月の判決で、サムスンに対する53900万ドル(約593億)の賠償命令が下された。サムスンは減額を求めたはずだったが、結果として1億4000万ドル(約154億)も賠償額が増額となってしまった。

なお、2018627日にカリフォルニア州の連邦地裁に提出された文書で、両社が和解に至ったことが明らかになったが、和解金額や和解内容の詳細については分かっていない。冒頭で触れたとおり、今回の「アップル・サムスン訴訟」では、和解に至るまで実に7年もの歳月が費やされた。

eDiscoveryの観点からみたアップルとサムスンの訴訟について

米国の訴訟は、eDiscovery(電子情報証拠開示制度)が必須となる

eDiscoveryとは、米国訴訟における「Discovery(証拠開示制度)」の中でも、「電子データ」を対象とした開示手続きを指すものであり、2006年に制定された。米国の訴訟は、全てeDiscoveryの対象となるため、訴訟において最も重要度が高い項目となる。

ここでいう「電子データ」とは、社内で扱われるeメールの他、ERPのデータやWordExcelPower Pointなどの文書ファイル、チャットなどのインスタントメッセージ(IM)、CAD/CAM、画像データ、バックアップなどのアーカイブデータ、社員のPC・スマートフォンや外部記録メディアに保存されたデータなど多岐に渡る。それだけではない。日本国内にある自社サーバーはもちろん、国内外にある第三者が運営するデータセンターに格納されたデータやグローバルの海外支店や工場などのデータも全てが対象となるのだ。

eDiscoveryは、FRCP(連邦民事訴訟規則)によって厳密な運用方法が明文化されている。当事者間において、一方が相手方に対して裁判で証拠となりうる情報や資料、証言の開示、提供を求めることができる。相手方はそれを拒否することはできない。変更や消去しないまま情報提供しなければならない。違反すると制裁金が課せられたり、訴訟においてのペナルティが課せられるばかりか、公判でも不利を被るリスクも出てくる。

アップルとサムスンのeDiscoveryで問題となったケース


アップルとサムスンの間で争われた特許侵害の訴訟では、サムスンに対して「証拠データの保全義務違反が指摘された。これは、サムスンが20108月にアップルから「デザイン特許を侵害している可能性」について言及された通知書を受領していたにも関わらず、当時導入していた「2週間経過した全てのeメールをサーバー側から自動的に削除するシステム」を停止しなかったことに起因する。

アップルは上記を理由に、サムスンが「関連するeメールを意図的に破棄していた(証拠隠滅を図った)とする申し立てを行った。結果として裁判官は、サムスンの証拠保全義務違反は実際にアップルが訴訟を提起した20114月時点ではなく、「通知書を受領した2010年8月時点で発生していた」と判断し、サムスンの証拠保全義務違反を認定した。

しかし、これに対してサムスンは、アップルも証拠保全義務を果たしていないと主張。裁判所もアップルが「自社に不利な証拠を破棄した可能性がある」ことを認め、最終的には双方の申し立ては無効となり結審した。

サムスンの実際のコスト負担で見るeDiscovery対応の課題


このケースからわかるように、eDiscoveryに関わる電子データのデータ保持・保全や管理プロセスは、訴訟の勝ち負けに多大な影響を与える。

では、紙文書で管理していた旧来と比較した場合、デジタル時代のeDiscoveryの一番の課題を見つけるとすれば、一体何だろうか?

それは「社内の全ての電子データは膨大であり年々蓄積されていく」という現実だ。昔であれば、キャビネットや段ボールに格納された証拠書類の中から探せば済んだが、今の時代では、グローバルに点在する各拠点や第三者を含む全てのeメールや文書ファイルなど、ありとあらゆるデータが重要な証拠データとなる。大規模な訴訟では、eDiscoveryの際に、数百テラバイトものデータの中から証拠となりうるデータや相手側から要求されたデータを探さなくてはならないのだ。

膨大なデータの中から「どのようにして重要な証拠を見つけるか」という事前の検討作業から、「訴訟に関連している可能性がある」という理由で、証拠として採用される可能性が低いデータの調査作業まで、eDiscoveryに関連する作業コストは会社にとって大きな負担となり、それをどのようにクリアするか、ということが現代企業の課題となるのである。

ここで具体的な数字の例を見てみよう。以下のサイト(英語)で、サムスンがアップルとの訴訟で費やした、eDiscoveryのコストが報告されているのでご一読いただきたい。

https://blog.logikcull.com/find-out-how-much-samsung-paid-for-ediscovery-in-its-case-against-apple

 

  • サムスンが20123月から20ヶ月間で費やしたコスト1千310万ドル(約14億円)
  • サムスンのeDiscoveryベンダーが収集して処理した文書の数11,108,653ドキュメント
  • アップルから回収できたコスト(わずか2%):262,000ドル(約2900万円)

 

いかがだろうか?たった20ヶ月間の調査で約14億円ものコストが費やされており、訴訟が年単位で長引くことを考えると、莫大なコストがかかることが明らかである。

 

実際、eDiscoveryにかかるコストは莫大で、以下のサイト(英語)では、米国で毎年eDiscoveryに費やした総コストの試算は、421億ドル(約4兆6300億円)と推測される。

https://blog.logikcull.com/estimating-the-total-cost-of-u-s-ediscovery

eDiscoveryのデータ収集・分析プロセスに有用なデジタルフォレンジックソリューションについて


前述したeDiscoveryの一番の課題である社内の全ての電子データは膨大であり年々蓄積されていくことに加えて、昨今ではPCのみならずスマートフォンやタブレット、IoT機器など様々なデバイス端末の業務利用が広がっており、膨大な電子データを収集・分析する作業は、これらのデバイス端末も全て対象となるため、これまで以上に莫大な調査コストが発生することは容易に推測できるだろう。

そして、このeDiscovery時のデータの収集・分析プロセスで威力を発揮するのが「コンテンツ管理ソリューション」デジタルフォレンジックソリューションである。

デジタルフォレンジックとは、フォレンジック(犯罪捜査における分析・鑑識)の中でも、PCやスマートフォン、サーバー、ネットワーク機器、デジタル家電などデジタル機器に保管される電子データの調査・解析により、事実解明を行うための技術やテクノロジーを指す。すでに海外での訴訟や刑事捜査に協力する際のデータ収集にも役立っており、利用実績がある。

フォレンジックソリューションの有効活用により、膨大な電子データに対して横断的なデータ収集が可能となった。的確にデータの検索が行えるため、昨今ではeDiscovery時のデータ収集や分析にかかる時間や労力を削減し、対応コストを大幅に削減できるソリューションとして注目が集まっている。

※デジタルフォレンジックの詳細については、「フォレンジック調査に必要な7つの重要なポイント」の記事も参考にしていただきたい。

まとめ


アップルとサムスンの訴訟事例をもとに、eDiscoveryで問題が起きたケースや課題、具体的に発生したコストの例を取り上げてみた。莫大な賠償金額と膨大な作業コスト。訴訟に費やさなくてはならない歳月と労力。もし、何も準備がなされていなかったとしたら・・・?あのアップルやサムスンというグローバル企業でさえ窮地に陥ったのである。経営を揺るがす事態に発展する前に対策を打つべきではないだろうか? 

コンテンツ管理ソリューションやデジタルフォレンジックなどのeDiscoveryソリューションは有事の際に初めて効果を発揮するソリューションと思われがちだが、そうではない。サムスンの事例からも分かるように、有事の際にかかる莫大な訴訟コストを考慮した場合、平時から情報ガバナンス戦略の一環として、eDiscoveryソリューションを準備しておくことが経営の安心につながるということが、お分かりいただけたでしょう。

訴訟を起こされてから慌てたとしたら・・・手遅れになる前に、ぜひとも今から対策していただきたい。